Exective Commitee

そこで生えているプロジェクト実行委員会

小崎哲哉

小崎哲哉

Realtokyo & Realkyoto発行人兼編集長

彼岸の絵
 佐藤直樹に最初に会ったのは、彼が『WIRED』日本版の創刊アートディレクターを務めていたときだった。ビールのグラスを片手に、長い髪を振り乱し、日本のデザイン界のどうしようもなさを饒舌に、かつ手厳しく糾弾していた。大いに共感し、『ART iT』や『百年の愚行』のアートディレクションを依頼した。
 デザインは饒舌とは程遠く、どこまでも端正である。だが、例えば縦と横のミシン罫が直交する際に、わずか数ミリの2本の罫はちょうど真ん中で十字を為すように交わらなければならない。ちょっとでもずれていると、それはボツにされる。一般の読者が気にも止めないような細部にこだわるADは、さぞやスタッフ泣かせだったと思う。
 その佐藤が絵を描き始めている。長い髪は短くなり、薄くなり、人のことは言えないがだいぶ白くもなった。話を始めると止まらないのは相変わらずだが、以前よりも人は円くなった。といっても、細部へのこだわりは変わっていない。絵はデザインと違ってまったく端正ではないが、細かく、濃く、しつこく、自然なようでいておどろおどろしい。
 そこにあるものを映しているような顔をしているが、あれは彼岸の絵だ。「端正」からはみ出した、自分では制御できない何かが、梢や葉陰や樹皮の裏に潜んでいる。ポール・ゴーギャンよりも、田中一村よりも暗い何かが、観る者の胸に深く突き刺さる。突き刺さるばかりではなく、滲み出した樹液のように体の内に染み入ってくる。
 これがアートかと問われると、違うと言わざるを得ない。世界標準の現代アートの要件を、佐藤の絵は満たしていない。だが、そんなことはどうでもいい。デザインに此岸の厳密なルールを課していた佐藤は、絵画においては彼岸に達した観がある。精霊のように自由闊達なその絵は、アートか非アートかという世俗の区別を超越している。

Profile

1955年、東京生まれ、京都在住。ウェブマガジン『REALTOKYO』『REALKYOTO』発行人兼編集長。CD-ROMブック『デジタル歌舞伎エンサイクロペディア』、写真集『百年の愚行』などを企画編集し、和英バイリンガルの現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。京都造形芸術大学大学院舞台芸術センター主任研究員、同大大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院および愛知県立芸術大学講師。あいちトリエンナーレ2013のパフォーミングアーツ統括プロデューサーも務めた。2014年12月、編著者として『続・百年の愚行』を上梓。刊行後も続く愚かな事件や事象の情報をアップデートするウェブサイト『百年の愚行』も運営している。

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