何万年も前に洞窟の入口付近ではなく奥の暗がりで人が絵を描いていた時、それは何を意味していたのでしょう。何かの確認だったのでしょうか。あるいは遊びの一種だったのでしょうか。サービス的な行為だったりもしたのでしょうか。慰安や娯楽に関わる何かでもあったのでしょうか。自己顕示的な要素もあったのでしょうか。社会階層的な何かに関わってもいたのでしょうか。そうであったとしても、それはずっと後になってから発生したことであって、最初の最初にあったことではないでしょう。
「絵って何なのかなぁ」ということは子どもの頃からずっと考えてきて、50年くらい考えてもわからないままですが、最初に意識した時のことはよく憶えているのです。幼稚園の年少組か年中組の時でした。ひとりで鯉のぼりを描いていたのです。が、見られていると気づいた瞬間、人目を意識するようになり、それまで得ていたはずの、確かなものを手放してしまった感覚が残りました。意識すると見失ってしまう。「絵」にはそういうところがあるようなのです。
その時のことを思い出しながら、その前の状態に戻れないものかということをいつしか考えるようになりました。最初の最初にあったのは、目に見えない何かとやりとりをすることだったんじゃないか。人がそれなしには生きられなかった、目に見えない何か。今のように多層なシステムによって生かされていると、感じ取り難い何か。存在の気配としか言いようのないもの。
「それ」を私があらためて感知できたのは、思春期の一時期を過ごした荻窪を歩いていた2011年でした。「それ」はただそこに生えるように存在していたのです。そしてその直後に、大地は大きく揺れたのでした。
今回の展示は、それ以降に描いた絵が中心になっています。この20〜30年というもの、主にデザインの仕事をしてきて、その間、絵はほとんど描いていませんし、それ以前の絵も残っていません。デザインの経験は随分と長いものになってしまいましたが、絵の方はやっと本格的に取り組めるところへ辿り着いたのだと思います。誰が何と言おうと、絵は死ぬまで描き続けることでしょう。あちこちにいろいろなものが生えていて、それが感知されるので、どうしたって描かなければなりません。何のためにって、その存在そのものに向けて描くのです。最初の最初に絵を描いた人もそれをまずしたはずですから。
佐藤直樹